嗤う伊右衛門

京極夏彦「嗤う伊右衛門」読了。

京極さんの近作は、正直 昔ほどのボルテージは望めなくなりましたが、この「嗤う伊右衛門」の頃はまさに油がのりきっている印象で、圧巻でした。

ちなみに福田和也さんの「作家の値打ち」の中でも、京極作品中 最高点が付けられています。

この作品は、まず何と言っても、後の「巷説百物語」シリーズの主人公・御行の又市のデビュー作である点がポイントですね。

とはいえ、「百物語」での活躍はどこへやら、完全な狂言回しとして、物語の傍観者に徹しています。

というよりも寧ろ、又市が関わったばかりに、登場人物の全てが陰惨な最期を迎えてしまっているような…

物語は、鶴屋南北の「四谷怪談」を元にしながら、何もかもを逆転させた上で、怪談の部分をミステリーに仕立てており、京極堂シリーズにも通じるテイストを感じさせます。

いつものペダントリーに溢れた描写こそないものの、終盤における怒濤の展開、サディズム・マゾヒズム・近親相姦・ネクロフィリアといった登場人物達のセクシャルな秘密など、おなじみの京極節が堪能できますよ。

また、各章において、それぞれの登場人物の視点から語られるのですが、これ以上は無いほどの邪悪な「ある人物」の内面描写が本当に見事で、思わず戦慄を覚えます。

明らかに常軌を逸した人物の心情を、これほどまでに執拗に描いた文章を私は他に知りませんね。

文章でしか表現不可能なまでの、「人の性（さが）」と「余人には知れぬ内面」の描写。

これこそが、京極文学の両輪だと思います。

日本古典文学史上においても、最も著名なテキストの一つを下敷きにしながら、全く先の読めぬ展開に圧倒されました。

ラストも やりきれなさ、おぞましさ、そして究極の愛が混在する複雑な印象です。

本当に素晴らしい作品だと思いました。
京極作品中、最高傑作と言っても良いんじゃないですかね。